20世紀に入ってからのベートーヴェンの交響曲演奏は、二つの大きな流れがあった、といえる。
それぞれを代表するのは、独墺のベートーヴェン演奏の伝統を受け継ぎつつ、それを深化させたフルトヴェングラーと、伝統にとらわれることなく楽譜を新しい視点から読み直し、ベートーヴェン解釈の新機軸を打ち出したトスカニーニである。
フルトヴェングラーの「第5」はいかにも堂々とした風格、骨太のがっちりした造型の二つが際立っている。
この指揮者の演奏に残っているロマンティシズムを好まない人は、「表現の誇張」を口にする。
例えば、第3楽章から第4楽章に休みなく続く接続部分である。
フルトヴェングラーはこの部分を最小限の音量と抑えたテンポで開始し、第4楽章に流れ込む寸前に音量とテンポを上げ、第4楽章に流れ込む寸前に音量とテンポを上げ、第4楽章の堂々たる第1主題を引き出す。
しかしこれは「誇張を意識させない誇張」の類いといってよいのではないか。それが生み出す特殊な効果が狙いなのだ。
ともあれ、それにより「第5」の全ての楽章でフルトヴェングラーはベートーヴェン特有の力強い足取りを聴き手に実感させ、聴き手の感情を高ぶらせるのである。
それに対し、トスカニーニは、爽快なテンポ、歯切れのよいリズムで弾き切られている。
フルトヴェングラーに代表される伝統的な「第5」が主流だった時代、トスカニーニのこの演奏はすこぶるモダンで、清新の気を注入したものといえる。
もっとも、聴き手はそれぞれ自分の好むテンポを持っているのが普通であり、悠然としたテンポを概して好む人にとって、トスカニーニのこのテンポがどうしてもそっけなく感じられるのは、否定できないだろう。