フルトヴェングラーは、最もゲルマン的な音楽造りという点ではひとつの規範であり、理想と呼べる領域にまで達しているといっても過言ではあるまい。
残された全曲盤の録音は、「ニーベルングの指環(リング)」が2種、戦時中の演奏でありながら気宇雄大な音楽性を示す「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、そしてスタジオでの正規のレコードのための録音である「トリスタンとイゾルデ」と「ワルキューレ」である。
中でも「トリスタン」は、この作品の究極の解釈とでも呼ぶべき超名演である。
フルトヴェングラーの和声感・音程感(ことに主音へ導く音全てをさす「導音」の美しさ)と、それを生かしきった音楽の流れの良さ、そして大きな見通しは、精緻でありながら滔々たる大河のごときスケールの大きさを示している。
機能和声の音楽の爛熟の臨界点にある「トリスタン」という傑作を、機能和声とアゴーギグの芸術であるゲルマン音楽の申し子であるフルトヴェングラーが指揮すればこその圧倒的傑作である。