「エロイカ」は、いかにも包容力が大きい。その上に語り口が自在、かつ深みがある。
どちらかといえば、ゆったりしたテンポで開始されるのだが、中に詰め込まれている「音楽」の豊かさ故に、決して遅いとは感じさせない。
しかもフルトヴェングラーのテンポは物理的に一定なそれではなく、楽想に応じて速くなったり遅くなったりする。それがかつて「19世紀的ロマンティシズムの名残り」と評された所以であろう。
しかし、前にも述べたようにフルトヴェングラーがやると、音楽的呼吸とは本来こういうものなのだ、ということを聴き手に納得させる力がある。このコツは誰にも模倣できない、彼だけのものである。
全4楽章中、フルトヴェングラーの持ち味が最も生かされているのは、フィナーレ(第4楽章)である。なかでも楽章の半ば近く、ト短調で奏でられる第5変奏は、青年ベートーヴェンの思いの丈が込められているようで、すこぶる印象的である。