フルトヴェングラーがベートーヴェンを最高のレパートリーとしたのは、彼が自己の個性を発揮すればするほどベートーヴェンの音楽も生きる、という幸福な結合に恵まれたからである。
ベートーヴェンの音楽こそ最も人間的な、赤裸々な感情や情熱や思想を古典形式に封じ込めたもので、それは極めて強固な造型感覚を持ちながら、思い切ってデフォルメしてゆくフルトヴェングラーの劇的表現に合致するのである。
このことについて彼は次のように述べている。
「ベートーヴェンの演奏においては、再現者も作曲家と同じように極端な状況に身を置かなければならないが、多くの演奏家は最初からこれを成しえず、又ある人はこれを望まない。彼等はこの極端な状況を支えている深い調和と合法則性を知らないのだ。この二つのもの、つまり普遍的な合法則性と極端な特殊性を支配できる人だけが、ベートーヴェンの作品を正しく演奏し得るのである。」